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の・ぶ・ろぐ   ・・・・・・・・・・  作曲家・信時潔の人と作品に関する最新ニュースや、日々思いついたことなどを書いています。
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7月20,21日に、盛岡を再訪しました。



以前訪ねたことはこのブログの、「海道東征の手書きスコアが盛岡に?」http://noblogblog.blog.shinobi.jp/Entry/41/ に書きました。



今回は、芸大で進められている「信時潔文庫」の本格的整理に伴い、関係の深い資料の調査ということで、再び岩手大学に「海道東征」を見に行きました。

岩手大学で保管されている「海道東征」の調査結果は、

科学研究費助成事業 http://noblogblog.blog.shinobi.jp/Entry/127/ として、

まとめていく予定です。



加えて、今回訪ねたのが、盛岡から電車とバス(タクシー)を乗り継いで車で1時間弱の岩手県紫波町にある「野村胡堂あらえびす記念館」。



少し前に、畑中良輔先生の最後の本『荻窪ラプソディー : ブル先生の日々是好日』(音楽之友社)を読んでいて、同館に野村胡堂宛ての書簡が整理・保管されていることがわかったので、信時関係のものが何かあるかと、問い合わせてみました。



さっそくお返事をいただき、野村胡堂宛ではないが、田部井石南宛の書簡が残っている、とのこと。なぜそこにその書簡があるのか、状況はよくわからないのですが、とにかく閲覧に行くことにしました。



岩手県紫波町、田畑や果樹園が連なる地区の山の上に、素敵なデザインの建物と大きな駐車場がありました。(何故そんなに大きいのか、あとで判りました)



展示室を一回りした後に、書簡3通を見せていただいたところ、2通は『信時潔音楽随想集 バッハに非ず』(アルテスパブリッシング)巻末の執筆一覧に掲載した田部井石南(画家)の個展に寄せた文章の元原稿であることがわかりました。

残る1通は、同様のものですが掲載記事は未確認のため、調査中です。



何故、この書簡が野村胡堂記念館にあるのか、それが疑問だったのですが。
同館の野村晴一館長(野村胡堂の弟の孫に当たられるそうです)に伺い納得できました。



田部井石南と野村胡堂は、軽井沢の別荘が近く、軽井沢での交友を始めとして生涯親しく行き来していた。田部井氏が、奥様を事故で亡くされた時には、失意の同氏を慰めるために蓄音機とレコードを贈って慰めた。胡堂は田部井石南の絵の才能を認め、絵の道に進むように勧め、支援した・・・ということです。



信時潔とは、話が合ったのか、信時家との交流も深く、家にもよくいらしていたようで、私も家族から「田部井さん」という名前を頻繁に聞いていますし、写真もいくつか残っています。



野村館長のお話を伺うまで胡堂と軽井沢につながりに気づかなかったのですが、もう30年近く前になりますが、軽井沢の田部井氏の別荘にインタビューに伺った折に、野村胡堂の名前が挙がっていたことを思い出しました。



田部井氏のレコードや書簡などの資料が同館に移管されたそうで、書簡の整理はこれから本格的に始まるそうです。





田部井石南
(明治31~平成6) 日本画家

大山郁夫に師事、労農党で政治活動を行う。人民戦線事件で拘束。その後、河合玉堂の塾に入って絵の道に進んだ。軽井沢で胡堂に会い、個展や作品の頒布に、胡堂が協力した。 



                                   (つづく)




























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CD『SP音源復刻盤 信時潔作品集成
tenkai-web.jpg






企画・構成・復刻:郡 修彦
構成・解説:信時裕子
CD6枚組、別冊解説書
(B5変形判 全144頁)
15,750円(税抜15,000円)
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